久々の女子会でコンプレックスをさらけ出す本音トークに…【中学受験小説】

【前回まで】お正月、人柄のいい義母や義妹と共にお節をつまみながら義実家でのひと時を楽しむ美典は、スマホに玲子からの着信を受ける。電話の向こうの玲子は、「夫・翔一の寝言から、浮気相手が学生時代に付き合っていた元カノだとわかった」という。一方、エレナは仕事を兼ねアメリカで仲間と年越しする夫・淡田の楽しげな様子をSNSで見て苛立ちを感じて……。

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友人から「夫の浮気相手がわかった」と電話が入り…【中学受験小説連載】

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【第十二話】 小5・2月

『バディーズ』の奥まった席に美典が行くと、玲子とエレナはベンチ席に並んで座っていて、こちらに気づくと同じように小さく片手を上げた。

「ごめん、呼び出しておいて遅れちゃった」
「あたしたちもさっき来たところよ」

玲子が微笑んだ。

「三人でこうしてお茶するの、意外と久しぶりねって話してたの。わたし、二学期の保護者会は予定があって出席できなかったし」

メニューを見ながら、エレナは言う。

「保護者会、わたしもパートがあって出られなかったんだ」

美典は二人の向かいに座った。

「エレナさんの別荘に遊びに行って以来なのよ」

あれは夏のことだ。そんなに三人で揃っていなかったのか。

「LINEしているから会ってるような気になるんだよね。そうだ、忘れないうちに。韓国出張に行った夫に買ってきてもらったの」

いろんな美顔パックを詰めた紙袋を渡すと、エレナと玲子は喜んだ。この二人なら高級なパックを揃えているだろうと思いつつ、お裾分けを口実に美典は二人に会いたかった。李璃子の母、景子に言われたことが気にかかっていたからだ。

『そういえば、六年生になると、ママ友とは疎遠になるのよね』

景子は意地悪で言ったわけではないのだろう。その手の記事を探して読んでみると、たしかに六年生になると程よい距離感を保ったほうがいいと書かれていた。トラブル回避のためだ。納得の内容ではあったものの、美典は玲子とエレナと疎遠になりたくなかった。とはいえ、なかなか三人のスケジュールが合わなくて、今日もエレナが昼すぎまで仕事だったので、ティータイムに会おうということになった。

「ビール飲んでもいい? 今日は車を運転しないし、あたし」

エレナが持っているメニューを覗き込んで、玲子は言う。

「あら、付き合うわよ」
「じゃあ、わたしも一杯だけ」

美典は店員を呼んで注文した。

「酒量が増えちゃっているのよね。良くないのはわかっているんだけど」

頰杖をついた玲子は、どことなく元気がない。目の下にもクマができていた。

「なあに、真翔くん? 今年の受験も終わって、ついに六年生になっちゃったわね」

エレナの言葉に玲子が耳を塞ぐような仕草をするのを見て、美典は笑ったが、内心ではそれだけではないのだろうと思う。元日に衝撃的な内容の電話をもらってから、LINEのやりとりはしていたが、会うのは初めてだ。翔一先生の不倫疑惑がどうなったのか気になっているものの、こちらから聞きにくくもあった。

「真翔くんの調子はどうなの?」

美典は話の流れで訊いた。

「クラスが二つ上がったの。まだ真ん中のゾーンだけど、中の上にはなった」

それを聞いて、すごい! と美典は目を見開く。

「頑張ってるじゃない。優秀な子たちが集まる鉄アカの中の上は、相当上ってことよ」

エレナは分析するように言う。タイミングよくビールが運ばれてきたので、三人でグラスを合わせた。

「真翔くん、伸び代しかないもの。翔一先生があれだけ優秀なんだし」
「成績が伸びれば翔一のおかげ。成績が悪いと、あたしのせい」

玲子は拗ねたように言う。美典としては無邪気に言っただけだったから、いやいや、と慌てて否定した。

「そんなつもりで言ったんじゃないって」
「わかってるよ、美典さんがそんなつもりがないことくらい。義理の両親のこと。良識のある人たちだから、あからさまに言われたことはないけど。まあ、あたしの出来が悪いのは事実だからしょうがないか」
「何それ、玲子さんの何が悪いっていうの」

エレナがそう言うので、美典は大きく頷いた。

「玲子さんで出来が悪いとか言ったら、世の中のほとんどの女性は撃沈だよ」

撃沈って、と玲子は破顔する。

「クラスが上がれば喜んでくれるけど、義父母にしてみればまだまだなのよ。だって自分の息子はたいした苦労もなく、幼稚舎から医学部なんだもの。その血を受け継いでいるんだから、もっとできてもいいと思ってるはず。彼らが納得できるところまで真翔の成績を上げないと、あの家であたしの立つ瀬がないんだから」

それを聞いて、美典は眉をひそめた。いろんな意味で受け入れ難い。

「そういうおうちなんだろうけど、変だよ…… それじゃまるで、じいちゃんばあちゃんのために真翔くんは受験するみたい」

首を傾げた美典に、そうなんだもの、と玲子は少し挑発するような目をして肯定した。

「じいちゃんばあちゃんのための受験よ。もちろん真翔自身のためでもあるけど、あの人たちの期待に応えること…… 神取家のトロフィーを増やすことが、こちとらの務めだから」
「トロフィーって、もしかして、真翔くんのこと?」
「そうよ。トロフィー・キッズ…… ってことかな。最低?」

訊き返す玲子に二の句を継げないでいると、まあまあ、とエレナが取りなすように割って入る。

「親子二人三脚でするものだから、大人のエゴが絡んでくることは否めないわ。だからといって、本人不在の受験はよくないとも思うけど」
「エレナさん自身がトロフィーみたいなものだから、そんなきれいごとを言えるのよ。トロフィーを持っていないあたしがあの家の中で、どれだけのプレッシャーを抱えているかなんてわからないでしょう」
「待って、その言い方。わたしがトロフィー・ワイフってこと?」
「だって、そうでしょう。尾藤エレナが奥さんだなんて、賞賛に値するじゃない」

玲子はビールを飲み干す。玲子のストレスの捌け口に戸惑ってしまう美典だったが、意外にもエレナがおかしそうに吹き出した。

「さすがね、玲子さんは見抜いているわ。悔しいけど、そのとおり。だってあの人、わたしを見下しているところがあるもの」
「そうなの?」

美典が驚いて聞き返すと、エレナは肩をすくめた。

「自分は実力だけで上り詰めたけど、わたしは下駄をはかしてもらっているんだって。見くびられたものでしょう。だからね、たしかに玲子さんの気持ちはわたしにはわからないのかもしれない。でも、こっちはこっちで悶々としたものを抱えているんだから」

率直なエレナの言葉を聞いて、玲子はついていた頰杖を解いて座り直す。

「そっか……あたしだけが悲劇のヒロインみたいな言い方、柄でもなかった。やだやだ、みっともないな」
「いいわよ。やさぐれたくなる気持ち、わかるわよ。おかわり、どう?」

エレナに勧められ、玲子は笑顔になって頷く。美典さんはまだあるわねと言い、エレナは店員を呼んでビールを二つ注文した。 二人とも大人だ。あっさりと本音をぶつけ合い、仲を深めている。しかもなんとなく、すごく上のほうで。

「凡庸なわたしから見たら、二人ともトロフィーっていうか、殿上人だよ」

二人から置いてけぼりをくらったようで、美典は内心で腐る。

「またそんなことを言って」

諭してくる玲子に、本当なんだから、と美典は真顔で言い返した。

「玲子さんとエレナさんと、わたしは全然違うの。家の経済状況を考えて断念せざるを得なかったのもあるけど高卒だし、取りたてて、なんの取り柄もない普通の主婦。こんなふうに仲良くしてもらっていることが不思議だけど、だからこそ、二人とは疎遠になりたくなくて……。玲子さんもエレナさんも大変なのかもしれないけど、わたしにとっては凄いの。凄すぎるんだから」

美典もビールを飲み干し、「すみませーん、ビール一つ!」と声を張った。自分の実家の経済状況や挫折など、この二人に知られたくなかったはずなのに勢いで言ってしまった。でもまあ、いいか。どうせ張れる見栄なんてないのだから。思いのほか気が楽になったところで急に気恥ずかしくなり、美典は窺うような目で二人を交互に見た。そんな美典を見て、玲子は微笑んだ。

「美典さんも大変だったね。みんな、いろいろあるってことだ」
「そういうことよ」

エレナは美典を見ながら片目を瞑る。

ビールを二杯飲んだところで店を出た。エレナは買い物があると言い、玲子はお菓子を買って帰ると言うので、店の前で別れた。美典は歩きながら、玲子にメッセージを送る。

――エレナさんがいたから聞けなかったけど、その後、翔一先生の一件はどうなった? 元カノさんの名前を呼んだことは本人に言ったの?

玲子もスマホを見ていたのか、すぐに既読になって返信が来た。

――否定されるだけだから言ってないよ。決定的なところを押さえたいと思っているの。

決定的なことって何だろう。キッズ携帯のGPSを使って追跡するくらいだから、玲子は策を練っているのだろう。

道の先に見覚えのあるラベンダー色のランドセルを背負った後ろ姿を見つけ、美典は駆け寄った。

「おかえり」

後ろから声を掛けると、うわ、と沙優は驚いて振り返り、すぐに嬉しそうな笑みを見せた。

「なんだ、ママか。あのね、さっきね」

沙優は学校であったことを話し出し、それを聞きながら、トロフィーかぁ、と思う。

わたしにとってこの子はトロフィーなの? そんなわけがない。だけど、誰もが羨む有名な中学校に通う娘の姿を想像し、夢見ている自分がいることも否めなかった。

うっかりビールを二杯も飲んだので歯磨きをしていたら、インターフォンが鳴り、玲子は慌てて口を濯いだ。

年明けから週一でお願いしている持田紗里は、エレナに教えてもらった家庭教師センターから選んだ国語専門のプロ家庭教師だ。男性の講師一人と女性の講師二人の体験授業を受けて、真翔が彼女を選んだ時に、これはいけると玲子は直感した。それぞれの講師の出身大学についてあえて真翔に伝えなかったにもかかわらず、三人の中で唯一、慶應大の文学部卒の持田を指名したのだから、大袈裟ではなく運命めいたものすら感じた。二十八歳という若さから経験不足を心配したものの、むしろ数年前まで現役で勉学に励んでいたから最新の情報を持っているようで、彼女が指導してくれるようになって国語の成績はみるみる伸び、塾のクラスアップに繫がった。

リビングの隣の和室にある真翔の勉強スペースに持田を案内すると、呼んでもいないのに真翔は二階から降りてきた。

「真翔くん、こんにちは」

持田がにこやかに挨拶すると、真翔はぺこりと頭を下げる。落ち着いた雰囲気でやさしく丁寧に接してくれる持田を慕っているようで、真翔は時間になると素直にやって来る。個別指導の時は行くのを渋って玲子をイラつかせていたというのに、こんなことならもっと早く家庭教師に切り替えるべきだった。

「この間の月間テストの直しでわからないところを教えてください」

玲子は持田に伝えた。

「いつものように漢字テストを最初にして、その後に月間テストに取り組みますね。じゃあ、真翔くん、今週の範囲はちゃんとやってきたかな」
「満点いけるかも」
「おお、すごいじゃん」

二人がやりとりを始めたので、玲子は買ってきたマカロンと紅茶を出してから和室の戸を閉めてリビングに出た。

もうすぐ莉愛が帰宅するが、それまで少し休憩したい。二階の玲子専用のウォークインクローゼットに入ると、後ろで結っていたバレットを外して首を回した。アメリカのドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の主人公キャリーのウォークインクローゼットに憧れて作ったここは、居室といってもいいくらいに広い。玲子がもっとも寛げる場所だった。

中央に置いたカウチに横たわりスマホを開くと、『つばき眼科クリニック』と検索してトップに出てくる公式ホームページを開いた。ここ最近、一日一度は見ているのでブックマークしたほうがいいが、翔一にスマホを見られる可能性がないこともないので毎回検索している。

『院長のあいさつ』をタップすると出てくる棟方つばき。はじめて開いた時は緊張で鼓動が速くなったが、もはやすっかり見慣れた。女優だと言われても納得するくらいのルックスで、柔和な笑顔を見せながらも目力に芯の強さが漂っている。いかにも翔一が好きそうだ。これで慶應の医学部卒なのだから、無双だろう。高スペックすぎて自分に見合う男が見つけられずに独身というパターンだろうか。それで過去に自分から振った元カレと不倫しているのだから、外観よりチープなものだ。

実物を見てみたくて、一度だけ午前診療のみの木曜日、診療時間が終わる頃を見計らってクリニックのそばで張り込んだが、一時間経ってもつばきが外に出てくることはなかった。また行ってみるつもりだ。うちのクリニックは木曜が休みだから、木曜の午後に会っているのだろう。できたら、二人で一緒に翔一といるところを写真に撮って、決定的な不倫の証拠にしたい。

スマホの中で優雅に微笑んでいるつばきを凝視していたら、眉間に皺が寄っていて、玲子は慌てて目の力を抜いた。いくらその顔を見慣れても、この女が夫と親密な仲なのだと想像すると湧き上がってくるドス黒い感情に慣れることはない。むしろ見るたびに増幅していく。

この女のせいで、真翔は幼稚舎に合格できなかったのかもしれないのだ。真実は薮の中だが、玲子にはそう思えてならなかった。莉愛が合格できているのだから、たんに真翔の実力不足だったのかもしれない。それでも、玲子は夫の過去の不祥事と息子の不合格を結びつけずにはいられなかった。翔一とつばきが大学時代に付き合っていなかったら…… つばきが一方的に翔一を振らなかったら…… いや、翔一を庇うわけではないが、振られたほうの気持ちの整理もついていないうちに出くわす可能性のある場所で、新しい恋人といちゃいちゃするなんて無神経にもほどがある。国宝と呼ばれてきたプライドの権化みたいな翔一が逆上することくらい想像できただろう。

この女には負けたくない……絶対に。玲子は拳を握って思う。負けるわけがない。二人の子供を産んでいる、この地位が揺らぐことなんてないはず…… だけど。

妻とはいえ、自信もない。

翔一はこの女にどんな笑顔を、どんな恍惚の表情を見せるのだろう。知りたくないのに、考えてしまう。憎いはずの二人の、すべてを知りたい。どういう形で再会したのか。ただの偶然か。あるいはつばきのほうから連絡してきたのか。もしも翔一からつばきにコンタクトを取ったのなら、それはつまり、妻に飽きたから。退屈だと思われているなら屈辱的だ。

ああ、またビールが飲みたくなってきた。スマホの画面をロックし、玲子は顔を上げる。お気に入りの服にバッグ、ハイブランドの靴も専用の棚に並んでいる。キャリーに憧れた頃の自分は、なんてお気楽だったのか。自分の足で立って、自由奔放に恋愛遍歴を重ねていく主人公の、クローゼットだけを真似て喜んでいたのだから。そんなあたしこそ、自分で認めたくないほど、チープなのかもしれない。

(第十四話をお楽しみに!)

イラスト/緒方 環 ※情報は2025年3月号掲載時のものです。

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